奨励

単独者として共に歩む

奨励 圓月 勝博〔えんげつ・かつひろ〕
奨励者紹介 同志社大学教育支援機構長
同志社大学文学部教授
研究テーマ 近代イギリス詩

 信仰の弱い人を受け入れなさい。その考えを批判してはなりません。何を食べてもよいと信じている人もいますが、弱い人は野菜だけを食べているのです。食べる人は、食べない人を軽蔑してはならないし、また、食べない人は、食べる人を裁いてはなりません。神はこのような人をも受け入れられたからです。他人の召し使いを裁くとは、いったいあなたは何者ですか。召し使いが立つのも倒れるのも、その主人によるのです。しかし、召し使いは立ちます。主は、その人を立たせることがおできになるからです。ある日を他の日よりも尊ぶ人もいれば、すべての日を同じように考える人もいます。それは、各自が自分の心の確信に基づいて決めるべきことです。特定の日を重んじる人は主のために重んじる。食べる人は主のために食べる。神に感謝しているからです。また、食べない人も、主のために食べない。そして、神に感謝しているのです。わたしたちの中には、だれ一人自分のために生きる人はなく、だれ一人自分のために死ぬ人もいません。わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。キリストが死に、そして生きたのは、死んだ人にも生きている人にも主となられるためです。それなのに、なぜあなたは、自分の兄弟を裁くのですか。また、なぜ兄弟を侮るのですか。わたしたちは皆、神の裁きの座の前に立つのです。
 こう書いてあります。
 「主は言われる。
 『わたしは生きている。
 すべてのひざはわたしの前にかがみ、
 すべての舌が神をほめたたえる』と。」
 それで、わたしたちは一人一人、自分のことについて神に申し述べることになるのです。

(ローマの信徒への手紙 一四章一―一二節)

同志社の徽章

 創立記念礼拝でお話をする機会をいただき、大変光栄に存じます。同志社の長く豊かな歴史を振り返り、今の私たちをかえりみる特別な機会ですので、まず、同志社の伝統に関する話題から始めさせていただきます。
 同志社のシンボルといえば、正三角形を三つ組み合わせた徽章であることは、ここにおられる皆様にあらためて説明する必要はないものと思います。調和と完全性を象徴する正三角形を用いて、知・徳・体の三位一体を表すと言われています。この徽章は、知識の習得だけではなく、精神と身体にも同じように配慮することによって、幅広い人間性を育成することを目指す新島先生の理想を見事に表現したシンボルとして、長きにわたって同志社人に愛されてきました。
 教育というものを知・徳・体の三つの区分でとらえることは、現代の教育理論と照らし合わせても有効なものであり、新島先生の教育者としての洞察力の深さをあらためて実感します。ここしばらく、教育支援機構長という身に余る要職を務めさせていただいているため、教育学関係の方ともご一緒にお仕事をさせていただく機会が増えました。現在の教育改革においては、学習とは何かという問題が熱心に議論されていますが、基本的には、三つの領域に分けて考えることが一般的になっています。すなわち、認知的領域、情動的領域、意思的領域の三つです。学者によって用語が異なることもあり、専門研究においては、さらに細かく分けることも稀ではありませんが、基本的には、知・徳・体に相当する三つの領域を設定して、学習活動の分析と学習成果の測定が試みられています。

教育と感動体験

 私の専門は英文学ですので、英文学を学習する場合を例に挙げて、もう少し具体的に説明しましょう。まず、英語の文章を見て、文法に従って各単語の関係を読み解いて、文の意味を明らかにしていきます。これが認知的学習です。しかし、これだけでは文学を学習したとは言いません。明らかにされた文の意味に対して、どのように感じたかを明確にする必要があります。これが情動的学習です。しかし、これだけでも不十分です。自分が感じた好き嫌いなどをもとにして、なんらかの行動に向かうという意思を持たなければ、本当に文学を学習したとは言えないのです。感じて行動するという最後の二つは、月並みな言い方をすれば、いわゆる感動体験ということになるわけですが、感動のないところに本当の学習はないことは、誰もが認めるところでしょう。
 自分自身の授業を振り返ってみれば、学生に感動を体験してもらうところまで力が及んでいないことを反省せざるを得ません。正三角形を三つ組み合わせたシンボルによって表現されている新島先生の教育の理想は、今の私からは遠く離れたところにありますが、いつか少しでも近づけるようになりたいと願い、この徽章をいつも心に思い浮かべつつ、非力ながら日々の仕事を続けています。

湯浅半月

 さて、「同志社マーク」という俗称で親しまれているこの徽章は、一八九三(明治二十六)年十月、当時の同志社神学校教授であった湯浅半月という人物の提案に基づいて、同志社の校章として正式に制定されました。新島先生が亡くなられてから、三年半が過ぎたときのことでした。「同志社マーク」は、百年以上の長い歴史をもつことになります。知・徳・体の調和を表した「同志社マーク」には、同志社の創立に尽力した人びとの熱い思いが込められていることをあらためて確認しておきたいと思います。
 「同志社マーク」を考案した湯浅半月は、今では語られることが少なくなりましたが、とても個性豊かな人物です。本名は湯浅吉郎(きちろう)で、一八五八(安政五)年、新島先生と同じ群馬県安中に味噌醤油業者の息子として生まれました。私事で恐縮ですが、私は一九五八(昭和三十三)年生まれですので、私が生まれるちょうど百年前に生まれたことになります。文字通り一世紀前の先人である湯浅は、十五歳年長の同郷の先輩となる新島先生の感化のもと、キリスト教の洗礼を受けて、一八七七(明治十)年、創立から二年後の同志社に入学します。商人の息子である湯浅と、藩士であった新島先生の間には、当時、今では想像もできないほど厳然たる身分の差があったはずですが、そのような文化の壁などは関係なく、新島先生の懐に飛び込んだ湯浅と、その湯浅を同志として分け隔てなく受け入れた新島先生の態度には、すべての人間の平等と個人の自由を何よりも大事にする同志社精神が息づいているように思います。同志社の神学科を卒業した後、湯浅はアメリカに渡り、オベリン大学とイェール大学において、神学を学んで博士号を取得しました。このように、湯浅の経歴のなかには、同志社が今も高らかに掲げ続ける三つの教育理念「キリスト教主義」と「自由主義」と「国際主義」が鮮やかに結実しているのです。「同志社マーク」を考案した湯浅は、同志社人すべてにとって、決して忘れてはならない人物と言えるでしょう。

『十二の石塚』

 湯浅半月には、私は特別な個人的関心ももっています。先ほども申しあげたように、私の専門は英文学で、特に一七世紀の詩人ジョン・ミルトンの研究を続けています。ミルトンはシェイクスピアと並ぶ英文学の巨人です。とりわけ、ラテン語の著作も多数残した博学のミルトンは、親しみやすい劇作家シェイクスピアに対して、近寄り難い孤高の詩人として語られてきました。ミルトンの代表作は、旧約聖書を題材にした一万行を超える長大なピューリタン叙事詩『失楽園』で、ダンテの『神曲』やゲーテの『ファウスト』とともに、西洋キリスト教文学の三大傑作と呼ばれる作品です。古典文学の教養をふんだんに盛り込んで、人間の罪と人類の救済を宇宙論的に語るピューリタン叙事詩は、日本人には容易に近づき難く、その主題と様式を正面切って受け止めた作品は、日本には極めて少ないのですが、その数少ない作品が湯浅半月の『十二の石塚』という長篇詩なのです。
 『十二の石塚』は、一八八五(明治十八)年六月、同志社英学校神学科卒業式において、湯浅半月自身の朗読によって発表されました。当時の同志社においては、卒業式に際して、それぞれの卒業生が学習成果を発表するという習慣があったようで、現代的な言い方をすれば、卒業制作発表会も兼ねていたようです。個性豊かな発表が多かったことが様々な逸話をとおして語り継がれていますが、旧約聖書を題材にした六八八行から成る長篇詩の朗読は、さすがに意表を突いていたようで、会場は一時騒然とし、やがて拍手が湧き起こったことが伝えられています。現代ならば、長篇詩の創作と朗読に度肝を抜かれることはないでしょうが、当時の日本では、その三年前に『新体詩抄』という西洋詩の翻訳と創作が混在した詩集がようやく現れたところでしたので、詩と言えば漢詩あるいは短歌や俳句しか思い浮かばなかった当時の一般の人々には、湯浅のパフォーマンスは、前衛芸術のような衝撃性をもっていたのです。朗読の五ヵ月後に出版されることになる湯浅の長篇詩は、本邦初の個人創作近代詩集として、日本文学史に不滅の足跡を残すことになります。このように、創設期の同志社英学校は、近代日本の最先端を歩み続ける文化的発信基地でもありました。

同志社とミルトン

 湯浅半月を卒業生とする同志社は、日本におけるミルトン研究の拠点として、今でも知る人には知られています。その伝統を支えてこられた人物のお一人に、長きにわたって同志社女子大学の学長をお務めになった越智文雄先生がおられます。数年前、天寿をまっとうされましたが、日本の英文学研究の暗黒期であった戦時中においても、ミルトン研究を続けてこられた同志社大学英文学科の大先輩です。
 ご存じのように、戦時中、英語の勉強は禁止されていました。そこで、越智先生は、ミルトンがラテン語で残した著作だけを手元に残して、ラテン語を独学で習得しながら、ミルトン研究を独りで続けられたのだそうです。あるとき、憲兵から「おまえは英語を読んでいるだろう」と詰問をされたそうですが、越智先生は「私が読んでいるのはラテン語です」と言って、ラテン語の本を見せると、ラテン語がどの国の言葉か見当がつかない憲兵は、「とにかく日本語も勉強しろ」と捨て台詞を吐いて、すごすごと去っていったそうです。「戦時中の日本のいけなかったところは、教養のない人物が威張っていたことだね」と、越智先生はこの秘められた武勇伝をいつも愉快そうに私に自慢しておられました。

越智先生の励まし

 晩年の越智先生が会長を務めておられたミルトンの学会に私が入会すると、大変喜んでくださいました。越智先生のことを近寄り難い人物と思っている人もおられたようですが、実際には、先に述べた逸話からもわかるとおり、とてもユーモアのある方でした。とりわけ、孫ほど年齢の違う私には気を許してくださったようで、「圓月は半月の跡継ぎになれ」と駄洒落を飛ばして、いつも励ましてくださったことが忘れられません。韻をきれいに踏む言葉には特別な意味を読み取ろうとする習性をもつ英詩研究者の私は、この駄洒落がまんざら嫌いでもなく、私が生まれるちょうど百年前にこの世に生を授かった湯浅半月にひそかにひとかたならぬ思い入れをもつことになり、本日の創立記念礼拝の奨励に際しても、湯浅半月に是非とも触れたいと思った次第です。湯浅半月や越智先生のように、自分が正しいと信じる道を独りでも心楽しく歩み続けることができる人物が次々に出てくる点にこそ、私が考える同志社の最大の魅力があるからです。正三角形を三つ組み合わせた「同志社マーク」を見るたびに、湯浅半月や越智先生が築きあげられた伝統に自分が支えられていることを思い起こし、いつか自分もその正三角形の一つになりたいと願いながら、『失楽園』をずっと読み続けているのです。

ミルトンの『失楽園』

 ミルトンの『失楽園』は、古典的名作の常として、読めば読むほどわからない作品です。『失楽園』という作品は、先ほども述べたように、叙事詩という文学ジャンルに属する作品です。叙事詩とは、英雄詩とも呼ばれることからもわかるとおり、武勇に優れた英雄が主人公として大活躍する物語詩です。たとえば、ホメロスの『イリアス』なら、アキレスが他を圧倒する武勇を示しますし、ウェルギリウスの『アエネーイス』は、ローマ建国の祖とされるアエネイアスが最初から最後まで大活躍をします。ところが、ミルトンの『失楽園』には、全編を支配する英雄と呼べる登場人物がいないのです。
 ミルトンはむしろ英雄というものを否定しているようにさえ見えます。なぜなら、『失楽園』でもっとも英雄的な登場人物は、悪魔のサタンだからです。すべてを支配しようとするサタンには、英雄というものがもつ危なさが表れていると言えるでしょう。『失楽園』には、言うまでもなく、神やキリストも登場しますが、作品の一部分に姿を現すだけですし、神やキリストを英雄というあまりに人間的な概念でとらえることは、キリスト教思想の点からも適切ではないように思います。アダムを英雄と考える研究者もいますが、神の掟に背いて罪を犯してしまうアダムは、英雄とみなすにはあまりに弱いので、全面的に賛成する人は少ないようです。よく考えると、英雄詩『失楽園』には歴史に名を残すような英雄が登場しないことがわかります。英雄崇拝を警戒するミルトンの思想は、先ほど横井先生が見事に朗読してくださった「同志社大学設立の旨意」に示されている「一国を維持するは、決して二三の英雄に非ず」という新島先生の思想に通じるものがあると言えるでしょう。

英雄を超えて

 『失楽園』のなかで、英雄と呼ぶにふさわしい資質をもつ登場人物をあえて探すとすると、作品の中心に現れるアブディエルという無名の天使です。彼はサタンの仲間だったのですが、サタンが神への反逆を企てていることを知ったとき、他の仲間がそのままサタンに付き従うのに対して、独りだけサタンを面と向かって批判し、周囲から罵倒され嘲笑されても一切気にすることなく、神のもとへ毅然として引き返してくるのです。天国の玉座におられる神は、多くの天使が誘惑に負けて悪の道に引きこまれていったことよりも、アブディエルが自らの考えに従って独りだけ自分のもとに帰ってきたことを喜ばれます。事実、『失楽園』という作品の中で、神から直接に賞賛の言葉を受ける登場人物は、キリストを除けば、無名の天使アブディエルだけなのです。道を間違った多くの名高い者が世界を堕落させる力よりも、正しい無名の単独者が世界を救う力のほうが強いことをことさらに強調する点に、ミルトンの英雄詩『失楽園』の英雄詩を超えたメッセージがあるのです。
 『失楽園』を書いたミルトンは、周囲に影響されることなく、一人ひとりが自らの良心のみに従って生きることが人間にとって何よりも重要だと考えていました。自分が本当に正しいと信じているのなら、安息日のような教会の約束事さえ守る必要はないとさえ言って、ピューリタン仲間からも爪弾きにされますが、同志社設立を決意した新島先生が孤立をものともしなかったように、ミルトンも孤立など気にしません。

正しい単独者

 ある散文作品のなかで、自分が信じる良心の自由を説明するために、彼が引用する聖書の一節が、本日、越川先生に朗読していただいたローマの信徒への手紙の一節です。「ある日を他の日よりも尊ぶ人もいれば、すべての日を同じように考える人もいます。それは、各自が自分の心の確信に基づいて決めるべきことです」。ミルトンが用いていた当時の英訳聖書から引用すれば、次のようになります。“One man esteemeth one day above another: another esteemeth every day alike. Let every man be fully persuaded in his own mind.”性別にも配慮する現代英訳聖書は、男性にのみ限定されがちな“one man”という表現を避けるのが一般的になってきましたが、この一節に関しては、私はあえてこの古い英訳聖書から好んで引用したいと思いました。なぜなら、ミルトンの『失楽園』は、イエスという“one man”が世界を救うことを冒頭で高らかに告げる物語だからです。ミルトンにとって、独りで十字架を背負って歩み続ける“one man”としてのイエスこそ、正しい単独者の究極の姿なのです。

知・徳・体の調和

 秋学期のチャペル・アワーの統一テーマが同じくローマの信徒への手紙からの一節である「喜ぶ人とともに喜び、泣く人とともに泣きなさい」であることを嬉しく思いました。なぜなら、サタンの一団から独りで引き返して、神のもとに歩み出るアブディエルを見た他の天使は、多くの仲間が失われたことを悲しみつつも、神に賞賛されて喜ぶアブディエルを見てともに喜び、悪と戦う決意を固めるからです。正しいことを頭で知るだけではなく、正しいものを見て喜び、間違ったものを見て悲しみ、正しい行動を自らも貫き通そうと決意する天使たちの姿のなかには、「同志社マーク」が象徴する知・徳・体が調和した人間の理想があるように思います。
 どうかここにおられる皆様も、湯浅半月が考案した「同志社マーク」をいつも心の中に刻み付けて、知・徳・体のすべてを兼ね備えた正しい単独者だけがもつ力に対する信頼をもち続けて欲しいと思います。そして、本日、ここにいる私たちが、同志社の建学の精神という原点によってしっかり結び付いた上で、それぞれが単独者としての個性を思い思いに発揮しながら、ともに歩み続けることができることをお祈りして、私の拙い話を終えさせていただきたいと思います。

二〇〇九年十一月十八日 京田辺チャペル・アワー「創立記念礼拝奨励」記録

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